『成功の裏側:グリーソン親子とミステリーランチ』

MYSTERY RANCH の創設者 Dana Gleasonとその息子D3 に、ブランドの創設から現在に至るまでについての話を聞いた。

Dana : 「長年にわたりバッグ全般のデザインに関して続けてきた仕事には、それなりに長い歴史があるんだよ。まだキスリングのように横幅の広いバックパックしかなかった頃に、フロントポケットの付いたバックパックを作り、取り出したい荷物にすぐアクセスできるようにしたんだ。そのポケットはクロスカントリースキーで腕の動きを妨げず、森に分け入る時に引っかかることもなく、バスや電車に飛び乗ってもドアに挟まれることもない。大型のポケットをサイドではなくフロントにつけた理由はこうしたことからだ。さらに、私たちのバッグは本来の目的である、長時間に渡り大容量の荷物を快適に運べるという機能を重要視しているんだ」

 

Backpacker エディターズチョイス賞 : 1999年のTerraplaneでの受賞と、2016年のMystic and Sphinxでの受賞について

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2015年、D3 はDana のバックパックと同じ実用的な要素を採用し、Dana のオリジナルのTerraplaneシリーズとは異なるメインフレームを持つ新世代の合理的なフレームシステムを実現させた。

Dana : 「デザインの基本理念は多くの飾りを持たず、質実剛健に徹するというところへ行き着く。私の考えるデザインのあるべき姿とは、機能と完璧な実用性。しかし現在ではアウトドアギアは精巧になり、美しさが前面に現れてきている。そして大きな時代の変化、つまり世代交代によって、私が過去に作ってきたような『純粋な機能の表現』から、『機能にも優れ、しかも見た目も素晴らしいものづくり』へ変わってきている。その一端は素材の進化によるものだ。これは私がデザインを始めたころ知りえなかったもので、嫉妬すら覚えたけど、私はそれを自分たちがやってきたことの進化と捉え、今は誇りに思っているよ」

D3 : 「ブランド創立当初のバックパックは重く高価すぎた。僕は MYSTERY RANCH のバックパックを一流の製品にした理念を失うことなく、美しいものを作ろうと努力してきた。このコンセプトを実現するために、デザインに時間をかけてきたんだ。自分が欲しいバックパックがどんなものか分かっていたのさ。荷室全体に渡るファスナーを付けたかったし、クラシックなトルピードポケット(MYSTERY RANCHのGLACIER等に採用されているパック前面の縦長ポケット)も欲しかった。しかもフルレングスで。そして深いディッシュリッド、これは日本だけで販売している 1-Day Assault のために開発したもので、僕はこれがとても気に入っているんだけど、これもデザインの中に取り入れたかった。ウェストベルトのデザインを修正するなど、次の段階へ進むために必要なディテールの改良をあらゆる部分に施した。そしてもっとも重要なのは、30ポンドの荷物を運ぶことができたとして、50ポンドではどうか?これがデザインを行う時の MYSTERY RANCH の精神、つまり「荷物を運ぶ」ということが最大の要素なんだ」


そして見事に、2016 年の Winter Outdoor Retailer で、D3 の作品はデビューし、圧倒的な存在感を示した。これらの新しいデザイン– the Sphinx and Mystic –は、1999年のDana のオリジナル Terraplane 同様、Backpacker’s Magazineエディターズチョイス賞を獲得した。

Dana は D3 のデザインについて、コメントしている。 「それぞれのモデルを男女専用にしたことで、男性にも女性にも優れたフィッティングシステムとして我々の製品を進化させた、彼のやり方は素晴らしいね。それにセンタージッパーを上部まで全体が開く形にしたアクセスシステムの改良で、荷室全体を開けてどの荷物にも簡単にアクセスできるようになった。彼は素晴らしい仕事をし、素晴らしいバックパックを作り出したんだ。私は過去に革新的なポケット、バックパックを作った。基本的に特定のサイズの物を運ぶためのコンパートメントだ。D3はそれをやってのけ、しかもすべてを単に実用的なコンパートメントを作ってきた私以上に多くの喜びを提供できる製品に仕上げたんだ。そして、それはしっかりとしていて、単なる実用品以上の物。しかもより軽量にできているんだよ」


賞の受賞者がアナウンスされると、Dana は D3 をこう祝福した。 Dana : 「昔、90年代に私が受けた賞を君も受けるとは! クールだよ。最高だ! 親子で受賞するなんてことはあり得ないだろう。これは血筋かもしれないな?!」


本当に血筋だろうか?Dana と D3 への疑問、マインドとストーリー

創立直後の2001年 –
D3 : 「とても厳しい状況だった。Paul (D3 の双子・以前MRで働いていたが、今は別の道へ) と僕が高校を卒業してMYSTERY RANCH で働き始めて2カ月半後、悲惨な状況に陥り、工場の稼働を諦めなければならなかった。MYSTERY RANCH には縫製工場を維持するだけの資金がなかったんだ」


Dana の人生で二度目だった。彼は不運な状況のなか、従業員を解雇し工場を閉鎖するという厳しい状況に立たされた。彼はかつてDana Design でも同じ経験をしていた。

D3 : 「Paul と僕は他の従業員と同じだったよ。会社は僕たちも解雇しなければならなくなった。職を失って1週間後、父は『全てのバックパックを売って終わりにしなければならない』と僕へ言ったのさ。ベルグレードにあった土地を売り、会社の資金にした。これが唯一の手段だったんだ」


当時、Dana のビジネスが危機的状況で、会社の存亡や彼の家、ビジネスパートナーであるRenee の家などいろいろなものが 危うい状態になっていた。DanaはD3に伝えた。

Dana :「お前に給料は支払えない。お前がまたこの仕事をできるようになるには1年必要だ。もしお前がこの仕事を頑張るとしても、大変なことだ。」


D3 は感情を露わにして我々に語った。

D3:「ノーと言えるはずがない。それが自分の性格だし、家族が大切で友人も大切なんだ。僕は17カ月の間、親父の家に住んでとにかく努力したよ。食費や、デザインを勉強するための必要な本は親父が賄ってくれたけど、一切の贅沢どころか…新しい道具も、服も買えなかった。僕らは成り行きに任せるしかなかったんだ。」


Dana の言葉も同じだった。

Dana:「D3 とPaul は双子で、我々が初期に一番苦労をしていた年に高校を卒業したんだ。それで彼らには1年時間をくれるように頼んだんだ。そして、私が『高校卒業後に1年くれ』と言ったのは、つまり、『君たちは実家に住み、必要なお金だけを貰い、食事は自分たちで作って慎ましく暮らす』ということ。ちょうど家族経営の農場で干し草と格闘して、家族の中に居たければ必要なことはなんでもするように」。「いずれにしても、D3 も Paul も、私自身と同じように大学を出なければ何者にもなれないという俗説を信じてはいなかった。振り返れば、私は1年だけだけど大学へ通ったんだ。当時、学歴が必要になるようなどんな仕事に自分が就くのか想像してみたんだ。だけど私はそんなことどうでもよくなって、ヒッチハイクで西へ向かったんだ。そこでアウトドアの店で働き始め、クライミングやバックパッキング、そしてスキーを始めた。それが大好きだったからね。結局私は道具作りと道具の問題を改善することに進路を見出した。それしかできることはなかったし、今もそれしかできないよ。もし、少しの知識とやる気があって、少しの運と、自分ができることだけを愚直に行えば、物事は思い通りに進むんだよ! だから、彼らの長い人生の1年を譲ってもらうことが、彼らの妨げにはならないとわかっていたんだ」

D3:「この時、僕 は Renee から縫製を学んでいた。親父はバックパックの開発をしながら次の展開を進めていたんだ。親父は僕らのところへ来て『オーケー、誰か販売をする人間が必要だ』と言ったのさ。それは、 Luke Buckingham (現、Military and Fire Lineのプロダクトマネージャー)の大学卒業が迫っていたからで、彼には僕たちと一緒に働いてもらいたかったからね。でも会社は彼には家賃程度しか給料を支払えなかったんだけど、それでも彼は気にも留めず一緒に働いてくれた。彼もそうすることを望んでいたんだ。彼には失うものはなく、うまくいくかは分からなくても、彼は当時進んで力になってくれたんだよ。」

D3:「Luke と僕は他の数人と一緒に何度も旅にでたんだ。自分達の製品を売り込むためにね。それは、戻りの予定もはっきりしない突撃の旅だったよ。僕らは一丸だった。それから3年半もの間、北西部一帯で開店前の店に立ち寄っては売り込みを続けたんだ。やっとの思いで、よく売ってくれる店を開拓したんだ。たくさんの成功と数え切れない失敗があったよ。大変な苦労だったね。そしてその途中、僕は地元に戻ると縫製をして、Dana と製品開発にあたり、製造スキル磨き、縫製技術を学んだ。やがてベルグレードの巨大な工場を後にして、山ほどの製品を捨て多くのものを倉庫にしまったんだ。たくさんのミシンもね。移ったのはサイプスキャニオンの小さな場所だったからさ。10,000平方フィートの巨大な工場からから2300平方フィートの小さな建物に移って生き延びたんだ。その後つながりを得て、海軍特殊部隊のバックパックを作る可能性を得たんだ」

D3:「彼らはDana Design 時代のTerraplane を作れないかと聞いてきたんだ。もちろん同じモノを作ることはできたけど、親父は 新たなアイディアであるSpeedZip™ を、Dana Design時代に定評のあったArcFlexタイプフレームに付加したバックパックを作ったのさ。これは Big D’s Special Blend として知られるようになった。このパックにはDane Design時代よりさらに進化した新型フレーム『ガイドフレーム』が組み込まれたんだ。軍は僕らが送った両方のパックをアラスカ州のコディアックでテストし、古い Dana Design のパックに変えて僕らのパックを採用したんだ。これには驚いたよ!僕らは成功したんだ!」


Dana Gleason の若かりし頃とD3 、その奇妙な共通点

Dana:「かつて70年代に、私はアウトドアショップで熱心に働き、幾つかのアウトドアブランドのセールスレップをやっていた。製品のカスタムや修理を始めたのはその後のことだった。D3はMYSTERY RANCHで最初に担った役割は、セールスマンとして売り歩くことだった。デザインの鍵となる要素の一つはバックパックがどう使われるかを正確に知ることにあるんだ! そのために何が必要なのか?それは、その道具を使う人々や、その道具を売る人たちと出会うこと。彼らの声に真剣に耳を傾けることでより良いものができるようになる。『よいデザインをすること』と『ユーザーの声を聞くこと』とは全く異なるスキルだからさ。それには、実際のユーザーに製品を見せる最前線に立つ人との関係性を築くことが欠かせない。だから、セールスマンとして売り歩くことが私やD3 の製品開発の極めて重要な要素になっているんだ。それには我慢も必要だし、物事が思い通りには進まないということも学ばなければならない。そしてユーザーの製品の使い方に対応し、これまで作ってきた製品にも対処しなければならない。いつも計画通りとはいかないし、現実と戦わなければならないんだ。このことは私とD3 のキャリアで共通する重要な点だと思っているよ」


そして、Danaは自分を振り返りながら笑ってこう話した。

Dana:「私はD3にパターンなど教えてないよ。彼はたくさんの裁断を試し、製品がどうフィットするかについての周りの意見に答えてきた。そして、彼が裁断を担当していたので、きちんとフィットしない製品があると周りのスタッフが彼に伝えた。それで彼は『おやじのダメなパターン』の修正役になったのさ。 かつて私が、日々の生活や仕事で出会ったユーザーの使った製品をカスタムしたり、修理をしながら学んだように、彼も私の製品を直して自分のパターニング技術を高めていったんだ! (笑) 私のパターンは、とても良いもので実にクリエイティブだったけど、数mm 単位とか、時には1/4インチぐらい正確に作られていなかったからね(笑)」

「みんなは彼を新人だろうと思うだろうが、彼はもう15年もバックパックづくりに携わっているんだ。それにそれだけの努力もしている。これはPaul や Luke Buckingham をはじめとしたMYSTERY RANCH にいる全員がずっとやってきたことなのさ」


Dana から次の世代のRANCHERSへ

Dana:「血筋かどうかって?多分そうだね! 私は自分のNICEフレームを発展させ、軽量化して性能も大きく改善させて新しいハンティングラインに組み込んだ Paul のことを本当に誇りに思っているよ。彼の製品も同じショーで別の賞を受けたんだ。娘の Claire にも同じ気持ちだよ。彼女は生産管理を受け持っていて、とても重要な仕事だ。それから、娘のAliceのことも信頼しているよ。…彼女はかつてのDana Designを離れた私にもう一度バックパックづくりの世界に戻るきっかけを与えてくれたんだ」

「共同経営者のReneeは、MYSTERY RANCH の管理面を受け持っていて、会社を切り盛りし、あるべき姿に導いてくれる。私かい?新製品作りのビジョンを保ち、私たちがバックパックを作るべき人々や、役立てる人たちを探しているよ。基本的な役割分担はそういうことだ。我々の業界で多くの企業は確固たる方針を持っていない。そうした企業は単にアジアへアウトソーシングして、ディテールだけが問題だと偽っている。そうではないんだよ! 大切なのは“基本”。つまり製品の信頼性と機能性であり、それが私たちが実現すべきことなんだ」

「私たちに備わるもう一つの側面は、デザイナーやデザインエンジニアをどのように考えるかなんだ。私は彼らをクールで戦略的な人材と考えているよ(笑) 我々には、Paul が自分の道を見つけて去るまで取り組んできたものに加えて6つのチームがある。そしてD3 とそれらすべてのスタッフが、私の誇りとする製品を作ってきてくれた。それはある意味では、嫉妬というか、私には驚くようなものだった。そして多くの点で、彼ら製品を作るデザインエンジニアたちは私が手に入れることができなかった存在であり、彼らが実際の仕事をしてくれているんだよ! 次の世代へMYSTERY RANCH を繋げていくのは彼らなんだ。10年や15年の話ではなく、我々を50年後に繋げてくれるのさ!」

「我々は社内で技術を磨いてきた。デザイナーやアートスクールなどではなく。それでも、実際にユーザーが抱える問題を解決するには有効なアプローチになっている。私はみんなを心から敬っているよ。血の繋がった家族だけでなく、義理の家族や仕事上の家族、私たちが仕事をする中で成長し、前に進み、これほどまでに一緒に成長してきた人たち。ここにはもういない人や、ここを離れて業界のあちこちで仕事をしている人たちも! MYSTERY RANCH は私たちが設立したデザインスクールでもあるんだ。それは私のように誰かのバックパックを修理したい人や、自分の欲しい道具を手に入れたい人にとっては最高だと思うよ」

「自動車のスピードを上げるウィンドシールドの開発に長く取り組んでいる本当に頭のいい人たちを見たことがあるんだ。Klatterwerks に取り組んでいた1975年の初期の頃に心に決めたのは、自分がここモンタナでバックパックを作り続けることがより良いことだということ。私にはそれができると自分に言い聞かせたのさ。私は自分のポリシーを貫いてきた。我々の成功は、つまり耐久性、実用性、使いやすさに配慮し、シンプルにものを作るという基本に行き着く。だから我々はいつも変わらないこととしてそこに立ち返るんだ。私たちは組織として強くなった。それは製品開発のチームを持ったこと、D3 の仕事、素材の基準作りのためにテストをする人たちがいることのおかげだね。彼らがそうしたことをすべてやってくれているので、基準を持ってやり続けられる、いや、これはうぬぼれかもしれないが…それも私が始めたことなんだけどね。ISO9001(組品質マネジメントシステム) とは違った方法だけど、これは会社がある限り続くんだよ。そしてニーズがある限り、顧客に対する責任をまっとうする能力が私たちにある限り、そして世界中に私たちの製品作りを求めている人々がいる限り続けられていく。これは今までずっと続けてきたことであり、私がいなくなった後も長く続くことんだ」

Dana 締めの言葉

「ところで…私は人生の大部分をこの仕事に費やしてきた。ご存知の通り、我々MYSTERY RANCH は、単にお金儲けを目的とした企業以上に成長することを可能にしたある種のマインドセットと、方法を持っている。それは、我々にとっては給料を稼ごうとすることよりも重要で、ここから仕事を始める人、製造現場で真に役立つ製品を作ることの大切さや、それが我々の仕事の真髄だということを学ぶ人、そしてここにいる全員から湧き出るものなんだ。我々は使命感を持っている、それは生活費を得る以上のことであり、組織として、個人としての我々全員を豊かにしてくれているものなんだ」