大自然につながる、登山道を回復させるために
text & photo by Takuro Hayashi / photo by Noriko Shimojo
登山道を健康な状態に保つ
「人間っていうのは横着な生き物ですからね。崩れたままの大きな石をよじ登るより、その横の小さな段差をつないで行くほうを選ぶだろうなぁ、って。歩きやすいところ、疲れないところを歩きたがるんじゃないかと思ってます。だったら、ここを歩いてほしい、ここを通ってほしいなぁと思うところに自然に足が運ばれるように状況を整えればいい、と思ってるんですよ」
岡崎さんが取り組んでいるのは大雪山の登山道整備だ。
北海道のほぼ真ん中に横たわる大雪山国立公園。神奈川県にも匹敵する広大な面積を誇るが、登山道の総延長はわずかに300kmしかない。その最大の理由は自然の深さだろう。人郷からの距離があり、設置に手間と時間がかかりすぎてしまうのだ。同じ理由で、既存の登山道の多くは手入れが間に合っていない。そのために登山道が、本来の役割を果たせないでいるケースが目立っている。
「登山道って、きちんと健康な状態に保たれていれば人と自然とをうまく結んでくれるんです。その維持や管理は行政主導でやっていただくのがいちばんいいんですけど、どうしても時間がかかる。その間に登山道はどんどんいたんでいきます。しかも自然の植生を蝕みながら。それを、ただ見ていることができなかったんですよ。誰もやらないならもう、オレがやる!って(笑)」
約20年前、岡崎さんは高校を卒業してから山小屋管理のアルバイトに就いた。特別に山が好きだったわけではない。ただ町の暮らしがどうにも息苦しく、少し人との距離を置いた生活をしたいと考えただけなのだ。
「その山小屋は営林署の管理棟の隣にあったんですよ。山の夜なんて呑む以外にやることなんてないですよね。だから泊まりの営林署の若い人たちと、毎晩話し込んでたんですよ。その人たちは本気で山のことを考えてました。今の言葉で言えば自然を大事にしてた。山の管理をしながらも、根幹にあるのは植生を維持しようっていう考え方だったんです。情熱を込めて山のことを話す時間は、自分にとって非常に刺激的でした」
やがて岡崎さんはアルバイトの山小屋の周辺の登山道を整備しはじめた。浮き石を動かして安全を図り、水の流れた場所は埋める。そうした作業を重ねながらも「登山道の整備」という作業が何かに結びついていくという手応えは感じていた。
登山道は自然を理解するための設備
現在、岡崎さんは『大雪山・山守隊(だいせつざん・やまもりたい)』という一般社団法人の代表を努めている。山守隊は山の道を守る活動をしている団体だ。行政、民間、識者が一体になることで登山道とその周囲の荒廃を食いとめたい。そう考えて2018年にたち上げられた。
「自然を守りたいんだったら、登山道なんて作らなきゃいいじゃないか。そしたら人も来ない、っていう意見もあります。だけどそうじゃない。登山道は絶対に必要です」
なぜなら、登山道があることで人は自然に接し、自然に親しむ機会を得ることができる。登山道は自然を身近に感じ、正しく理解するための重要な設備なのだ。
もしも登山道がないままに自然に踏み込んでいったらどうなるだろう。それは遭難や事故といった危険性をはらんでいるだけでなく、無秩序に植生を踏み荒らすことに繋がりかねない。それなら、ここを通じて触れ合ってほしい、という窓口を作ったほうが建設的だ。
「自然に触れて、自分たちはそことつながっているんだっていうことを体感してもらう。そのために登山道は欠かせないと思っています」
しかし、ジレンマもある。登山道は正しく使い、きちんと維持管理をしないと本来の目的を果たさない。
「植生という面で考えたとき、もっとも避けたいのは『踏圧(とうあつ)』です。人間が歩くことで植生に圧力がかかり、茎が倒れてしまう。茎が倒れることで、雨水は流れるスピードを落とすことができません。すると速い流れによって、これまでになかった小さな浸食が発生します。それが徐々に進んで植物が流されると、土壌がむき出しになる『裸地化(らちか)』が起こります。こうなると、浸食は一気に進みます。雨のたびに土は削られて溝になり、深いガリー地形になり、やがて側面の土が崩れて周囲の植生を巻き込みながら溝は広がっていきます」
登山者は裸地化してぬかるんだ登山道を嫌がって、無自覚に脇の草地を歩く。そうして荒れていく登山道を、われわれも数多く見てきた。なるほど、岡崎さんはそんな登山道を埋め直し、朽ちてしまった木道を修復しているのだ。そう問いかけたが、答えは違っていた。
「う~~ん、それもやります。けど、そこは本筋じゃないんです」
と。
「自分たちがやっているのは、登山道の回復プロセスを早めるための補助作業なんです」
自然に逆らわない修復方法
通常、われわれは登山道を「修復」するとは言っても「回復」と表すことはない。「回復」には自発的な意味合いがあり、いきものではない登山道にその表現はあてはまらないはずだ。
「たとえば浸食で土が削り取られたとします。通常の修復では水が流れ込まないように水路を整え、土が流れ出ないように石や、場合によってはコンクリートで固めます。登山道整備についてみなさんがイメージしていらっしゃるのは概ね、そんなやり方だと思うんですよ」
まさにその通りだ。
「もちろん、状況によってはそうした工法が正解のこともあります。けれど、自分たちが採用しているのはもう少し違ったやりかたなんです。『近自然工法』という、もともと河川の修復工事のために作られたものです」
その発祥はスイスというが、考え方は非常に東洋的だ。
「たとえば柔らかい粘土質の土壌に硬いコンクリートを据えてしまうと、コンクリートの脇に強い水流ができてしまって土は余計に流されてしまう。工事箇所の土が柔らかいなら、シュロの繊維を編んだ土のうなんかを使って、柔らかく保護したほうがいいかもしれないですよね。
そうしたいくつかの選択肢の中から、その場に最適なものを選び取っていきます」
石を使って水の流れを整えるとしても、なるべくその場の石を使うのだそうだ。
「雪の多い大雪山だからこそ考えないといけないことなんですが。よその土地から運び込んできた石は蓄熱の比率が違ったりするので、雪解けのタイミングが変わって、これまでとは違った水路を作り出す要因になる可能性があるんです」
知識やチカラという人のやり方を通すのではなく、自然のポテンシャルや時間を味方につける工法、と言っていいだろう。その目的は、流出する土壌の堆積だ。
「自然の中に起こっている変化をマイルドにしてやって、流された土壌が然るべき場所に安定して留まり、堆積することを考えています。土壌が安定すれば、そこに植生が復活します。土の中の種が芽を出し、根を張り、土壌はより安定度を増します。回復しつつある植生を再び踏んで踏圧をかけることがないよう、人が歩くべき場所をきちんと作り上げていく。そうした登山道を介することで、人と自然とが住み分けしつつも共存していくことができると思っているんです」
つまり最終的なゴールは植生を復活させることなのだ。だから岡崎さんは「回復」という言葉を使った。町の中にある道を修復するのとはまったく違ったベクトルで、この仕事は進められている。
巡視と作業の両輪を回す
こうした登山道整備は巡視が重要になってくる。
「どこにどんな工法を当てはめるかは、場所によってまったく違います。ときには数十cm離れただけで水や土の状況が違って、まったく別の工法を使い分けないといけないこともあるんですよ。だから短い期間に効率よく作業ができるよう、道の損傷状況で優先度を判断しています」
そうして手順と日程を決めたら、一気に資材を搬入して作業に入るのだ。
「そのために重要なのが巡視です。巡視は多くの場所を見ながら、記録をとって回りたいので、フットワークが重要になります」
「作業の資材は現場の石や土を使うことも多いんですが、土のうを作るための袋や角材、丸太なども多用されます。木道整備用の丸太は1本約4kg、長さ180cmの角材にいたっては、1本あたり17kgもの重さになります。こうしたものを人力で運ぶなら背負子を使うのがベストです。巡視と作業は目的がまったく違いますから、使う道具もハッキリ切り分けざるを得なかったんです」
が、相手は自然だ。当然、もくろみ通りにはいかない。
「場合によっては予想しなかった雨によって、整備すべき箇所の優先度が変わることもあります。何よりも大雪の登山道は一年のうち半年以上が雪に埋もれていますからね。手を入れることができる夏の期間は残雪の消える6月から雪が降り始める9月までと短いんです。人手も時間も、常に逼迫しています」
だからこそ巡視の途中で気がついたこと、できることは、その場で作業したい。可能なら巡視の際に、作業用の道具や資材を少しでも持って行きたいとは考えていた。
「あの道具があったら、この道は今直せるのに。あの丸太を持ってたらここは今、作業が終わるのに。そうは思いますが、その気持ちを抑えないと巡視そのものが成り立たなくなります。どうにかしたいって、ずっと思ってたんです」
そのジレンマを、テラフレームが解決した。
「とにかく重い荷物を躊躇なく担ぐことができる。この積載性にはとても助けられています。実際、丸太4本を背負って巡視に出ても大きな負担を感じないで済むんです」
テラフレームを使い始めてからはさまざまな木材を固定すべく、いろいろなサイズ、積み方、縛り方をトライしてきた。結果、いまのところは丸太を横向きに固定するのがもっとも安定しており、巡視の機動性もキープすることができている。ただし横幅が出過ぎないよう、長さ90cm程度までに収めるのが鉄則。1mを超える丸太が必要な場合、数が多ければ背負子を持ち出すことになる。が、1〜2本なら肩に担ぐのがもっとも簡単だという。背中の荷物が安定しているからこそ、こうした登山道をくまなく歩くことができる。
「ラク、という点も大きいです。背負子独特の肩に負担のかかる固い使い心地は、人によってはなかなか慣れることができません。けれどテラフレームならしっかり荷物を固定して、腰で柔らかく重量を支えることができます。背負子しかない時代は道具に自分の体を合わせていましたが、今は自分の体にあった道具を選ぶ時代なんだなと痛感しました。
資材を下ろしたあとも、普通のバックパックとしての使い勝手に優れていますから、フットワークを損ないません。実は巡視の中では写真や動画で記録を残しますし、許可を得てドローンも使っています。そうしたある種、精密な機器を丸太と一緒に背負うことができる点にも助けられています」
とは言え、これですべてが解決というわけにはいかない。
「丸太なんかはあまり無理矢理に縛り付けるとカーボンロッドのフレームのほうが曲がっちゃうんですよ。積むものによっては工夫が必要で、バックパックのフレームの剛性と丸太の硬さがお互いに助け合うっていうか、バランスよく組み合わせるのがコツのような気がしています」
また、岡崎さんはテラフレームのパック部分を取り去って簡易背負子として使用できる「バックストラップ」も併用している。
「運びたいものの形によってはシンプルな構造のもののほうがいいこともあります。こうしたオプションパーツが豊富に揃っていて、使う方の都合に合わせてくれるのは非常に助かりますね」
登山道整備の現場でも高く評価されたテラフレームだが、現実的な使い勝手の面からはいくつか注文もつけられた。
「まずパックをフレームに固定するベルトが全部短いんですよ。うちらの丸太はけっこう太いものもあるんで。もっと長くしてもらえるか、延長用のベルトがあると助かるんですよね」
さらには
「バックルの色が全部同じなもんで、間違えてても気がづかないことがあって。大汗かいて、やっと荷物を固定したと思ったら、違う場所に固定しちゃってたりとか、かなりガッカリします。悪いのは自分だっていうのは分かってるんですが、できれば頻繁に付け外しするバックルは交換できるようにしてもらって、全部色が違うカラーバックルセットみたいなものを出してくれると嬉しいですね。そうなったらつまらないミスがなくなるんで、穏やかな気持で仕事できると思います(笑)」
これまでの巡視には車で言うなら小型RVのようなミドルサイズのバックパックを、搬入には大型トラックのようなアルミ製の背負子を当てはめていた。テラフレームはそこに投入された、汎用性の高い四駆トラックのような役割を果たしている。
「近自然工法は観察から始まります。その場の状況をよく見て、何をどうするべきか考え、長い未来を見据えて作業する。それが正解かどうかは、時間が経ってみないとわかりません。まだまだ思ったとおりにならないこともたくさんあります。けれど中には思ったよりも早く土壌が安定して、植生が回復してくれることもあります。そうしたときの喜びは大きいです。少しだけ、何かの役に立てたかな、と思えることもあります」
修復するのではなく、回復のプロセスを早める。そのためには的確な判断に基づくすばやい作業が必要になる。さまざまな資材を詰め込んで、今日も岡崎さんはテラフレームを担ぐ。
使用モデル
テラフレーム 65
- 価格:61,600円(税込)
- サイズ:S、M、L
- 容量:65ℓ
- 重量:2.6kg
- 素材:330D Lite Plus CORDURA®
- カラー:Deep Sea、Black
Tetsuzo Okazaki
1975年、北海道札幌市生まれ。20代の頃から登山道整備に携わり続けてきたが、故福留 修氏が生み出した「近自然工法」に触れたことで考え方が一変。より自然な植生の回復と、自然にストレスをかけない登山道のあり方を模索。2011年には合同会社「北海道山岳整備」を設立。2018年には一般社団法人「大雪山・山守隊」を立ち上げた。
[取材協力:一般社団法人 大雪山・山守隊]